支援記録

大学のことから日常のことまで

公営ギャンブルと福祉

 

賭け事は福祉的ニーズを持つ人を作る場所のように思われてしまうけど、実は公営ギャンブル社会福祉に利益が回っている歴史が戦後からあるからただの娯楽だけじゃないらしい

日本で一番最初に施行した貧困者のための救済法律、恤救規則は劣等処遇の原則に基づいたやりかたで、基本血縁に頼ってねみたいなノリだったから当時の救済対象は少なすぎたし、自分が対象者ですみたいになると逆に生きづらいことも多かったと思う

意味の無い法律は50年も続いた

第一次世界大戦後の不況、社会の不安化でやっと救済対象を拡げた救護法を施行した。拠出財源が少ないなかで、国が目を付けたのは競馬だった。競馬の馬券ルールを緩和する代わりに、収益を救護法の財源とした。いまでは地方競馬の収益は自治体の財源になってるし、公営ギャンブルは全ての額ではないけれど、賭けた金はその土地に還元できるから、ふるさと納税みたいなもんだなと思ったりもした。

最近競馬が好きなので、救護法について調べてるときにおもしろって思いました。ぱちんこも公営にしちゃおうよ(と、思ったけど還元率が低くなるのはごめんだよね。換金する一手間ですら楽しいしね。)

仕事のモチベーション

 

現場で働くと使う障害福祉の諸サービスには詳しくなることもできたし、意欲マシマシになってるけど本当に幅広く知識が必要で、他の分野の勉強が足りないことを知る。

元々わたしが福祉を学んだり仕事にしたかった、仕事のモチベーションとなる理由は何か考えた

・人がどんな道をたどって来たか知るのが面白くて熱中できる・働くうえで熱中できる気持ちは大切にしたいの2点だなと思った。じっさい、現場で働いてみて実際が知れてよかった。正直現場はマッジで辛いときがある🥹。人の人生や生活をサポートしてるとそれはあなたの人生でしょって冷たくなるときもあるし、こっちは提供しているのに反発されてすごく悲しくなったり怒りが沸いてしまう時もある。そんな時に人生や過去をみるとやっぱり、この人たちに熱を注いでわたしはサポートしてたいって思いかえせる。わたしの施設の関わる、親の会が書いた利用者の生まれた頃の手記を読んだ。それを読んだ時に蘇ってきた気持ちがあった。やっぱり、人生を知るのは大事だし、支援のモチベーションにもまたなる。

まだほかに全然知らんことはたくさんある。高齢者、母子父子家庭、虐待、更生保護、生活保護、生活に困窮していたり社会に出づらい環境の人は本当にたくさんいる。誰しも生きていくには手助けって必要だし何らかの要因でそれが自ら発信しづらかったり受け取りづらかったりする訳だからそういった人たちを受け止めて、サービスを提供するために自分のしごとがある

折角仕事をするなら、興味を持って情熱を注げるものがいいよね。と思ったのが自分の仕事のモチベになるものだと思えた。

固い言葉とか難しい表現ばっかで頭入らないと思う時もあるけど、サービスの上で制度や法律が固く定められていたり、それに、現場で働いているともっと円滑になるような制度の見直しがあってもいいんじゃないかと気づくこともある。

偏差値3の頭だけど、今自分が現場で感じれている気持ちや思いをもとに、もう少し頑張ってみようと思う

適度な距離感

新卒で働き出して2ヶ月が経過した。

バイトとは違って、この2ヶ月ほぼ毎日働いて24時間の流れが把握できるようになった。

上司にもいろいろと教えてもらった。学ぶことはたくさんあって真似ぶことも多い。自分のやりやすい支援と織り交ぜていきたいな

2ヶ月で感じたことは距離感問題。サービス提供者と顧客であるということ、お金を頂いて支援したり施設を使ってもらっているという事実。不平等な支援は誠実ではない。だから距離感は大事だとおもう。私情が挟まると透明性がない

受け取る人と上下な関係ではない。自分が自立度的に高いからといって、自分の裁量でなんでもかんでも介入して良いわけではない。本人のニーズを計画などで決めてるから曖昧にしない。ただ、自分の能力や周りの状況を考えて理不尽な要望は断ったり代替案を提示していく臨機応変な対応はそのときによってある。

でも、いろいろあるけど、やっぱりこの職場で働いていて楽しい。人と直で関わってコミュニケーション取って(トイレやら入浴やらでの物理的な)パーソナルスペースにもガシガシ介入しているけれど、それだけ人の存在は大きい。人の影響力はすごい。いろいろな性格の人たちがいて、関わることが面白い

 

人間関係も考えないといけないなんて面倒くさい・・・と思ってたはずの私がコミュニケーションが楽しいと思えているのが不思議。

 

やっぱり1番は笑って過ごしていられていることが楽しいんだろうなあ。自分も相手も居心地のいい空間になることがいいと思ってる

相手っていうのは、目の前の利用している方だけでなく、関わっている家族だったり、別の機関の方々であったり、他事業所であったり、目の前の人全般的に言えることだけど

 

今はまだ、なれてないことも多くて、ぎこちない空間というかそんな雰囲気になってしまってるときもあると思う

時間と関わりをもっとこれから増やして、というか必然的に増えていくから

そういったかかわりで相手を知っていくのと居心地の良い空間が成立できるようになりたい

 

 

 

 

 

就業レポート(2021/2/4-2022/3/20)

2019年から働いていたグループホームを退職した。

この3年間、続けて働いて行けてよかったなあ。

 

大学はいってから、このバイトを主軸に色々バイトしてみたけれど、結局

ずーっとやり続けていられたのは、自分に合った働き方が実現していたんだなと思う。最後の期間はせかせかしないで、みんなと向き合ってこれたのが良かった

 

2021年6月から12月までの半年間は、ある株式会社の業界が展開しているグループホーム事業のアルバイトを今までのグループホームと掛け持ちして経験した。最近はニーズが増えたこともあり、元から福祉をしていたわけでは無い他の業界が参入してグループホームを運営しているのが増えてる

わたしがそこで出会ったのは軽度の知的障害や精神障害を持つ人だった。彼らは一見普通のように思えたし、マンションで自立して生活している。ただ、人とコミュニケーションが取りずらかったり、本人のモチベーションが低かったりして、就労が継続できないというような深刻な問題を抱えていた。生育歴を記録で見させてもらったけれど、あまりに壮絶すぎて、こんな親がいるものかと絶句した。そういう過去の複雑な問題に直面する機会が、自分の経験上なかったから、新しいアルバイト先での経験はまた新たに課題があった。環境要因は人間の性格を構築する上で滅茶苦茶に響いているって実感した。過去と現状を踏まえた上で、就労を増やせるよう促すとか、生活の支援をするのはどこまで踏み込んでいいものか迷うことが多かった。

民間が参入してから時代に即したように、柔軟に対応できるとは思うけど、(引きこもりとか、グレーゾーンとかの新しいニーズに対しての受け入れなど)福祉サービスを営利でやってくってのは難しいだろうなと感じたりした。透明性がない。わたしの働いていたところに限るがなんだかサービスとしては質があまり高くなく、冷たくも感じられてしまったからだった。

勉強もあるため半年で掛け持ちをやめた。

 

同時進行的にずっと継続していたグループホームをやっていたけれど、のびのびとアルバイトしていたな。こののびのび、が逆に良かったかも。最早私の心の癒やしどころと化していたな。第二の実家のような、温かい雰囲気でみんなでだらだら談笑して、テレビみて、お風呂で背中流して。最後まで、わたしも居心地いい期間だった。仲良くなったっていうのも大きいかな。みんなとぐっと縮まった距離で話していた。自然と自然体に支援できていた気がする。長期的支援って大事。でもその中でも基本的に敬語で関わることは止めなかった。あくまでも支援者としての立場は守った。利用者支援においての距離感は非常に難しいところがあるけれど、この足かけ4年で自分的に丁度良い距離感を見つけられた気がする。父母会系譜だったから、子どものように扱っている人が多かったけれど、私にとって利用者はあくまで他人。この目線であり続けた。だからか、他の人には言えない悩みなんかも聞けたりした。同時的に不動産系譜のアルバイトしてよかったのかも。いろんな距離感があっていいしわたしは私の立場でやればいいって感じることが最後にできた。ずっと本質的な支援のあり方をおいもとめてきたけれど、自分にとっての大まかな方針は定められた気がする。

 

まずは育った環境(相手)をしる どんな疾病で背景で悩みを持ったのか知る

長期的な関わりが密接度と信頼度を深める(

ある程度距離感を持って接する 干渉し合わない支援をすることでお互いを意識し合わない

自分自身が「居心地がいい」と思える空間であること相手にも少なからず居心地の良い空間や時間を与えられると思うから

この4つの要素が本質的な利用者支援に繋がるんじゃないかな

 

昨日、最後の夜勤をした

最後の夜ご飯を提供した後、みんなで写真とりたい!と利用者が言ってくれて撮った。お手紙を書いて読んでくれた

一生懸命書いてくれたのがすごく伝わった。絵も沢山描いてくれた。

 

このバイトやり続けた意味があったって思った

 

 

就業レポート(2020/4/12-2021/2/4)

2019年からバイトを始めて1年半以上が経った。

慣れが出てきたところで甘えみたいなものが増していた。そんな時期に実習が入って意識が若干変わった気がする。

同じ施設で同じ人を支援していると、慣れが生じてしまってなにか怠っていたところがあったと思う。実習はバイトにも影響を及ぼした。

実習先の施設は大規模で、いまのアルバイト先とは施設の規模も職員数も全然違う。

やっぱり狭い考えにとらわれていたな

実習後のバイトは本当に気持ちが良かった。

利用者との関わりはいつも甘えていたなとちょっと気を引き締めるようになった。1年半同じことを継続してきた自信も持てるようになった。

授業もオンライン、実習からの燃焼具合、サークル活動の禁止で意欲が低下していたときもあったけど、とにかくバイト先の居心地がよかった。第二の実家かと思うくらいに安心できる場所になっていた。

 

あと、処方箋も詳しく見るようになった。

生活を見ていく上では体調が本当に大切なことで、それはみんな大切なんだけど、体調管理や温度調節が難しいことがあるから細やかに見ていく必要がある。感情の起伏も体調の変化の一部だし。

 

私自身の心の余裕もまた、支援に大きな影響を与えたと思う。併せて自分の精神衛生もだいじだな、ってめっちゃ感じた。仕事してて他のことで手一杯じゃ意味が無い。

人間丸っきしおんなじ考え方の人なんて存在しないし、自分が求めてることと必ず一致しない。それで相手に求めてしまうのは、求めた先にも負担を与える

自立していく考え方を持つことで心が満たされるようになった。この半年は特に自分について考え直したり見つめ直す時間になってとっても良かったな。こんなにじっくり自分と向き合う時間なんて、社会人になったらめったに生まれないと思うから

実習れぽ

先日約一ヶ月の実習が終わった。

あんなにも緊張して、3年になるのが怖い怖いとびくびくしながらずっと座学していたけれど、そんな気持ちは前日まででどこかへ飛んでいって、始まったら毎日があっという間に過ぎ去っていった。まーそれは毎日が濃くて充実してたからなんだろなと思える

 

正直、実習ものすごい辛かったけど(主に早起きと体力的苦痛)ものすごい楽しかった

やっぱり忙しくしている方が楽しいって思ったし、いろんな視点から福祉を捉えることができたし、どうしても勉強勉強だけでは理想的なものを頭で思い浮かべがちだけどリアルを知ったし、これまで関わりの無かった人と関わって実習で技術的に学ぶこともたっくさんあったし、正直めちゃ楽しかった。実習始まる前が、何も出来なくてそんな自分の不甲斐なさに落ち込んでたりしてて、わたし暇すぎて考える時間がいっぱいあったみたいで不安だったけどなんとか終えられて、本当に良かった。

実習始まってからの方がむしろメンタルは安定した。たぶん、規則正しく毎日生活しなければならないっていう指令が脳からでていたし、帰ったら疲れてめちゃ眠れた。

そりゃ自分じゃどうしようもないときとかもあったけど、始まる前と後じゃずいぶんモチベが変わっていたし、なにしろ実習先まで足を運ぶのが全然重たくなかった

利用者のことも鮮明に覚えてるし、いろんな出来事も経験もすごく身になったっておもった

 施設がいいところだったしすごく良い経験になった。めっちゃ早起きしたし夜勤もしたし、毎日変化する利用者対応でトラブルや大変なこともあったけれどもそこがまた逆に、良かった。生活支援は立派な専門職だとも感じた。だって、その人の日々の生活を一番見ているのは生活支援者だから。生活支援でのこれしたらやりやすいみたいな知恵袋を体験できてよかった。

 

実習ってなにも自分が掲げた支援目標だけじゃなくて、給与とか福利厚生とか残業、そういうリアルなのも知れたから良かったし、職員にいろいろ教えていただけたのもよかった。あとは家栽の人と利用者家族との面談に参加したりそこまでやれると思ってなかった。PTさんやOTさん、看護師と働いてる姿も見られてよかった。1人の利用者にいろんな専門職が関わっているってすごいと思ったけど、自分にもいろんな人が関わっているなと何ら変わらない。うまくコーディネートしていくのが生活支援だと思った。

 

 

実習終わってからは、燃え尽き症候群みたいな感じで、いまはぽかんとしてるじぶんがいる。正直手つかずでいる

そんな暇無く国試やテストはやってくるんだけど

実習報告だってやってくるんだけど

ぽかぽかうかうかいつまでもしてられない

やるべき事ちゃんとやらなきゃ、終わったら全て終わりじゃ無くて新しい課題は生まれてる

 

 

 

 

 

 

施設長の資格

中央法規内藤晃の「施設長の資格」読みはじめた。福祉施設を実際に取りまとめる立場としての意見が書かれている。働いてるGHもただ一つのサービスを提供しているわけじゃない。施設を回していくために、顧客の獲得と質のいいサービスを提供し続けるために日常支援だけじゃない事業を展開している。必要な法や経済の知識を上の人たちは入れていることは大前提でそうじゃないと回らない

バイト先の管理者の方も、法律や制度やお金の仕組みや、法の変遷による料金体制の変化なんて、もう当たり前にはなしているし、それを家族とかにきっちり説明してて、企業の信頼に繋がる。福祉の仕事は対人援助などの直接的な援助技術に関わる専門性はもちろんだけど、制度などのマクロ的なところを都度懐疑的に捉えたり、実際の現場ではそれが活かされているか否かを厳しい目で見る必要がある。実際利用者や家族は、制度政策を大まかに理解しているところはあるかも知れないけれど、かなり構造が複雑な面もあるので、住民や家族に分かりやすく変換して説明しないと、的確なニーズに繋がらない。行政書士や弁護士が法律を熟知しているのと、医者が治療法や病名を熟知しているのと同じで、施設の仕事は対人援助だけではない。

 

わたしはずっと卒論で書きたかったりしたので本質的な支援について何か追求したり考えていたり、実践してみたりしていた。利用者の自己決定を促せるようになりたいとか、掴みにくい本当のニーズに合った支援がしたい。とか、自然でだれにも分け隔て無いが個々を理解して接したいとか小さいことを考えがち。考えの殻にこもってばかり居る気がする。わたしは全然施設の中では最下層職員だし上の立場ではないにしろ、一方向だけの視野にとらわれないでいたい。

経営には信頼がなければ始まらないし続かない。経営倫理って言葉も最近よく聞くくらいだし。