公営ギャンブルと福祉
賭け事は福祉的ニーズを持つ人を作る場所のように思われてしまうけど、実は公営ギャンブルが社会福祉に利益が回っている歴史が戦後からあるからただの娯楽だけじゃないらしい
日本で一番最初に施行した貧困者のための救済法律、恤救規則は、基本血縁に頼ってねみたいなノリだったから当時の救済対象は少なすぎたし、自分が対象者ですみたいになると、スティグマのような感じで、逆に生きづらいことも多かったらしい。そのまま、この法律は50年続いた。
第一次世界大戦後の不況、社会の不安化で、救済対象を拡げた救護法を施行した。拠出財源が少ないなかで、国が目を付けたのは競馬だった。競馬の馬券ルールを緩和する代わりに、収益を救護法の財源とした。いまでは地方競馬の収益は自治体の財源になってるし、公営ギャンブルは全ての額ではないけれど、賭けた金はその土地に還元できるから、ふるさと納税みたいなもんだなと思ったりもした。
(そうやって福祉的なお金は循環しているのかもしれない...)
バイトれぽ(2021/2-2022/3)
2018年から働いていたグループホームを退職した。
この4年間、続けて働いて行けてよかったーー
大学はいってから、このバイトを主軸に色々バイトしてみたけれど、結局
ずーっとやり続けていられたのは、自分に合った働き方が実現していたんだなと思う。のんびりやってきたのがよかった
大学4年の半年間は、株式会社のグループホームを掛け持ちでやった。最近はニーズが増えたこともあり、元から福祉をしていたわけでは無い他の業界が参入してグループホームを運営しているのが増えてる
わたしがそこで出会ったのは軽度の知的障害や精神障害を持つ人だった。彼らは一見普通のように思えたし、マンションで自立して生活している。ただ、人とコミュニケーションが取りずらかったり、本人のモチベーションが低かったりして、就労が継続できないというような深刻な問題を抱えていた。生育歴を記録で見させてもらったけれど、あまりに壮絶すぎて、こんな親がいるものかと絶句した。そういう過去の複雑な問題に直面する機会が、自分の経験上なかったから、新しいアルバイト先での経験はまた新たに課題があった。環境要因は人間の性格を構築する上で滅茶苦茶に響いているって実感した。
めっちゃ辛かったなー。引きこもりの人に、どうにか仕事いこうよって、言えって言われて、行きたくねえよなー。でも、外って意外と楽しいんだよとか言いたかったけど、難しかったなー。
民間が参入してから時代に即したように、柔軟に対応できるとは思うけど、(引きこもりとか、グレーゾーンとかの新しいニーズに対しての受け入れなど)福祉サービスを営利でやってくってのは難しいだろうなと感じたりした。完全に、生活保護費とかを、搾取していたから....悔しかったけど、うまく続けられずに辞めた。
逆にずっと働いていたバイト先はのびのびとアルバイトしていた。最早私の心の癒やしどころと化していた。第二の実家のような、温かい雰囲気でみんなでだらだら談笑して、テレビみて、お風呂で背中流して。最後まで、わたしも居心地いい期間だった。仲良くなったっていうのも大きいかな。みんなとぐっと縮まった距離で話していた。自然と自然体に支援できていた気がする。利用者支援においての距離感は非常に難しいところがあるけれど、この足かけ4年で自分的に丁度良い距離感を見つけられた気がする。父母会系譜だったから、子どものように扱っている人が多かったけれど、私にとって利用者はあくまで他人。いろんな距離感があっていいしわたしは私の立場でやればいいって感じることが最後にできた。ずっと本質的な支援のあり方をおいもとめてきたけれど、自分にとっての大まかな方針は定められた気がする。
①まずは育った環境(相手)をしる。どんな背景があるのか知ること。
②長期的な関わりが密接度と信頼度を深めること。
③適度な距離感を持って接すること。干渉し合わない支援をすることでお互いを意識し合わない。
④自分自身が「居心地がいい」と思える空間であること。(そう感じている時は、相手にも少なからず居心地の良い空間や時間を与えられていると思うから)
この4つの要素が本質的な利用者支援に繋がるんじゃないかな
昨日、最後の夜勤をした
最後の夜ご飯を提供した後、みんなで写真とりたい!と利用者が言ってくれて撮った。お手紙を書いて読んでくれた
一生懸命書いてくれたのがすごく伝わった。絵も沢山描いてくれた。
このバイトやり続けた意味があったって思った
バイトれぽ(2020/4-2021/2)
2018年からバイトを始めて2年半以上が経った。
慣れが出てきたところで甘えみたいなものが増していた。そんな時期に実習が入って意識が若干変わった気がする。
同じ施設で同じ人を支援していると、慣れが生じてしまってなにか怠っていたところがあったと思う。実習はバイトにも影響を及ぼした。
実習先の施設は大規模で、いまのアルバイト先とは施設の規模も職員数も全然違う。
やっぱり狭い考えにとらわれていたな
実習後のバイトは本当に気持ちが良かった。
利用者との関わりはいつも甘えていたなとちょっと気を引き締めるようになった。1年半同じことを継続してきた自信も持てるようになった。
授業もオンライン、実習からの燃焼具合、サークル活動の禁止で意欲が低下していたときもあったけど、とにかくバイト先の居心地がよかった。第二の実家かと思うくらいに安心できる場所になっていた。
私自身の心の余裕もまた、支援に大きな影響を与えたと思う。併せて自分の精神衛生もだいじだな、ってめっちゃ感じた。仕事してて他のことで手一杯じゃ意味が無い。
人間丸っきしおんなじ考え方の人なんて存在しないし、自分が求めてることと必ず一致しない。
折衷案を出していくのって難しいけど、全てを否定的に捉えずに、冷静になって、受け止めることをまずしてみた!聞いてもよく分からなかったら、合わないなと判断する強さも手に入れた。
とにかく自立していく考え方を持つことで心が満たされるようになった。この半年は特に自分について考え直したり見つめ直す時間になってとっても良かったな。こんなにじっくり自分と向き合う時間なんて、社会人になったらめったに生まれないと思うから
実習れぽ
先日約一ヶ月の実習が終わった。
あんなにも緊張して、3年になるのが怖い怖いとびくびくしながらずっと座学していたけれど、そんな気持ちは前日まででどこかへ飛んでいって、始まったら毎日があっという間に過ぎ去っていった。まーそれは毎日が濃くて充実してたからなんだろなと思える
正直、実習ものすごい辛かったけど(主に早起きと体力的苦痛)ものすごい楽しかった
やっぱり忙しくしている方が楽しいって思ったし、いろんな視点から福祉を捉えることができたし、どうしても勉強勉強だけでは理想的なものを頭で思い浮かべがちだけどリアルを知ったし、これまで関わりの無かった人と関わって実習で技術的に学ぶこともたっくさんあったし、正直めちゃ楽しかった。実習始まる前が、何も出来なくてそんな自分の不甲斐なさに落ち込んでたりしてて、わたし暇すぎて考える時間がいっぱいあったみたいで不安だったけどなんとか終えられて、本当に良かった。
実習始まってからの方がむしろメンタルは安定した。たぶん、規則正しく毎日生活しなければならないっていう指令が脳からでていたし、帰ったら疲れてめちゃ眠れた。
そりゃ自分じゃどうしようもないときとかもあったけど、始まる前と後じゃずいぶんモチベが変わっていたし、なにしろ実習先まで足を運ぶのが全然重たくなかった
利用者のことも鮮明に覚えてるし、いろんな出来事も経験もすごく身になった。めっちゃ早起きしたし夜勤もしたし、毎日変化する利用者対応でトラブルや大変なこともあったけれどもそこがまた逆に、良かった。生活支援は立派な専門職だとも感じた。だって、その人の日々の生活を一番見ているのは生活支援者だから。生活支援でのこれしたらやりやすいみたいな知恵袋を体験できてよかった。
実習ってなにも自分が掲げた支援目標だけじゃなくて、リアルなのも知れたから良かった。1人の利用者にいろんな専門職が関わっているってすごいと思ったけど、自分にもいろんな人が関わっているなと何ら変わらない。うまく良い感じにコーディネートしていくのが超ベリーハードだけど、それが、生活支援だと思った。
実習終わってからは、燃え尽き症候群みたいな感じで、いまはぽかんとしてるじぶんがいる。正直勉強が、手つかずでいる。
そんな暇無く国試やテストはやってくるんだけど
実習報告だってやってくるんだけど
ぽかぽかうかうかいつまでもしてられない。
施設長の資格
中央法規内藤晃の「施設長の資格」読みはじめた。福祉施設を実際に取りまとめる立場としての意見が書かれている。働いてるGHもただ一つのサービスを提供しているわけじゃない。施設を回していくために、顧客の獲得と質のいいサービスを提供し続けるために日常支援だけじゃない事業を展開している。必要な法や経済の知識を上の人たちは入れていることは大前提でそうじゃないと回らない。
バイト先のサビ管も、法律や制度やお金の仕組みや、法の変遷による料金体制の変化なんて、もう当たり前にはなしているし、それを家族とかにきっちり説明してて、企業の信頼に繋がる。福祉の仕事は対人援助などの直接的な援助技術に関わる専門性はもちろんだけど、制度などのマクロ的なところを都度懐疑的に捉えたり、実際の現場ではそれが活かされているか否かを厳しい目で見る必要がある。実際利用者や家族は、制度政策を大まかに理解しているところはあるかも知れないけれど、かなり構造が複雑な面もあるので、住民や家族に分かりやすく変換して説明しないと、的確なニーズに繋がらない。行政書士や弁護士が法律を熟知しているのと、医者が治療法や病名を熟知しているのと同じで、施設の仕事は対人援助だけではない。
わたしはずっと卒論で書きたかったりしたので本質的な支援について何か追求したり考えていたり、実践してみたりしていた。(ナチュラルな感じで支援したいな~みたいな小さいことを考えがち)施設長って、色んなことを考えてて、すげーんだなと思った。
経営倫理という言葉をよく聞く。経営倫理がなっていると企業の信頼につながる。本質的な支援に直接結びつくかは分からないけど、経営倫理も本質的支援の一つの体系なのかもしれない。
真面目にやってくってのがとにかく筋なのかも。
圧倒的に業務量が多い時はなかなか難しい~けどな~
バイトれぽ(2019/9~2020/4)
バイト初めて半年以上が経過した。バイト先は本当に環境がいい。困ったことがあれば相談に乗ってくれる人が沢山居る。色々な人と夜勤になるのでそれぞれのやり方で本当に変わってくる。6月で1年になるけれど、これからも関わっていきたいし、利用者とも信頼関係を築きたい。一人の利用者と20年以上の付き合いがある職員もいる。時間的なものが必要であるなあ、と思う。
半年働いて、私の名前を何度も呼んでくれる人、下の名前が同じで、笑顔で声をかけてくれる人、やっと覚えてくれた人、半年だけでも覚えてもらえてうれしいなって思う局面があったし、そういうときに働き続けていて良かったなって思う。何か手伝いましょうか?とかまた来週とかコミュニケーションが取れるとうれしい。ほんとに関わる度に障害の有無に関わらず、人間考えていることはあまり変わらないし、表現の仕方だってわたしよりうまい人はいくらでも居るし、毎日だらけてしまうような日々の生活をきっちりやっている人が居て、みんな、普通に暮らしている人と何も変わらないって思う。心底は変わらないんだよな。
喋れなくても伝わるし。興味深いって言ったら変だけど、わたしにとって皆さんはすごく興味深い。わたしよりできることいっぱいですから...
でも一定の守らなければいけないことはあるわけで、健康には最新の注意を払わなければいけないし、鬱をかかえている人、感情の起伏が激しい人、コミュニケーションが図れない人、こだわりを持っている人への理解はふかめたい。
あとはサビかんと話す機会が増えた。施設運営について、施設を建てるにあたって都道府県から補助をもらえる建築条件の話、運転資金の話、いろいろな話をしてくる。近くに住む地域住民への理解、実際そういう人たちとやりとりしてた過去とか、郵便が届いたりだとか、継続して運営していくためにも色々手続きして、なにより理解を得るのには時間がかかるんだなあと痛感する。
今施設建設を建設会社が積極的にサポートしてくれる取組があるらしい。土地や設計などを建設会社側がある程度話し合って、そこに施設運営に携わりたい人が関わって詰めていく。その方が教えてくれたけど、そういう仕組みがもっと知られるようになっていって、積極的に利用していけば双方にとってよりよくなっていくかなと思ったし、地域住民への理解促進にも繋がり良い仕組みだなと思った。やっぱり一人で何もかもは始められない。そこの施設だって地域に理解を得るためにずーっとバザーを開いたという過去がある。住民理解って福祉においては結構課題なのかもしれない
地域関係は希薄になってきていて、さらに無関心層を取り込むのは難しいかも知れない。社会はクソ忙しいし。みんなが同じ熱量で関わってほしいとは思わないけど、ちょっとでも理解を示したり、関心をもつだけで関係は大きく変わってくると思う。施設に関わって思ったのは、周りからの支えって重要だし、利用者と周りの関係からも分かるけど、関わってみたら、自分が抱いてたものと大きく変わるって事がある。なにより偏見持たずに知るのは大事なことだとおもった。
バイトれぽ(2018/6/12-2019/9)
いまはグループホームでバイトしている。前のバイト先は放デイだったから成人の人と接する機会はなかったので、自分にとってはちょっと怖さが有った。
だんだんと、夜勤を重ねて接触回数を増やす内に心の距離感も物理的な距離感も縮まった気がする。
どんなときも、目の前の相手を知るには相手の情報を行動で理解していくことが、わたしは一番自分が納得できる。
相手を知っていくにつれて、仕事という枠では都合の付かない、私的な感情が挟まれてしまうときもあった。(全然洗濯畳まないじゃん...とか)支援は密接な関わりがいいと思っているけれど 仕事との境界線がつきづらくなる。
ただでさえ今の環境は事務的な事というよりかは日常生活全般的な内容だからあんまり仕事の感覚は少ない。相手のことを意識した支援を維持し続けられるかどうかの課題があった。指示を待つか行動するかも自己判断、そのときの状況環境次第、自分の倫理観に試されているところだと思う。
自分には知識経験的なものが圧倒的に不足している。
このバイトをして1年、勉強は2年くらいしてきたけれど正直全く身になっている気がしなさすぎてやばい。でもバイト始めてから勉強のモチベは若干上がった。
学校に就職相談で企業が説明に来る機会があった。そのときに説明に来た先輩がこの分野で働く上で大事なのは、自分の興味がある分野にかかわらずいろんな場所で人間関係を経験しておくことといってた。もしこのまま、わたしは専門的な職種につくんだとしたら今後、ずっと同じような価値観に絞られてしまうなあと納得した。
就労支援として一般企業に福祉が介入するケースもいまは増えているし、一般企業の側から福祉を考えなければならないこともある。障がい者雇用をしている一般企業は、まじで専門職やジョブコーチが介入していないと、ちゃんと働き続けられない。法定雇用率を保つためだけの就労では、質的なものは、お互いにとって無意味だ。合理的配慮をしてもらうことで本人が働きやすくなったり、作業がはかどる人も居るのに誤解が生まれてしまって働けない存在がいるのは悔しい。その人を詳しく知ってもらって配慮してもらいやすいように一般企業に専門職が介入していく必要も十分ある気がする。
美容師の専門行ってるこの話きいててもあながち遠くない。美容だったらアンチエイジングケアがある。認知機能の低下した高齢者にお化粧するみたいな仕事があったりして、それが心と体のアンチエイジングに繋がっているらしー。障がい者施設にお化粧や着物の着付けにきてくれる人もいるし。色んな分野で関わりがあるんだよね、意外と。他の分野ってのは聞いておくだけ価値のあるもんだとおもった。